#04豊かさの本質を見つめる

自治体病院の健全な病院経営とは
キーワードは「中長期ビジョン」と「サービス思考」

  • 元トーマツ ヘルスケア部門長
    公立病院改革懇談会メンバー
    和田公認会計士事務所 所長
    和田頼知
  • ×
  • 株式会社プラスPM
    代表取締役社長

    木村 讓二
和田頼知×木村 讓二

日本は今、有史以来経験したことのない速度で、高齢化と人口減少が進んでいます。これまでと同様の、安心で平等な医療環境を維持するのが難しいということは疑いの余地もありません。厳しい時代を乗り切るために、民間病院だけでなく公立病院でも抜本的な経営環境の見直しが迫られています。
今回の対談では、有限責任監査法人トーマツのパートナーとしてヘルスケア部門の責任者を務めたご実績があり、現在は医療経営専門の公認会計士としてご活躍の和田公認会計士事務所代表・和田頼知様より、「いかにして健全な病院経営を継続するか」についてお話を伺います。

Profile

和田公認会計士事務所
所長
和田頼知

1978年等松・青木監査法人(現有限責任監査法人トーマツ)入所。1983年トューシュ・ロス(現デロイト&トューシュ)米国ダラス事務所に駐在。1993年に帰国後は有限責任監査法人トーマツのヘルスケア部門の責任者を務め、医療機関の財務調査、会計監査、経営コンサルティングを行う。2019年和田公認会計士事務所を設立後、株式会社日本触媒監査役、積水ハウス株式会社監査役、総務省地方公営企業等経営アドバイザー、公立病院改革懇談会メンバーなどを歴任。

和田公認会計士事務所 所長  和田頼知
×

株式会社プラスPM
代表取締役社長
木村讓二

1986年 設計事務所としてプラスPM創業。1997年にプロジェクト全般に関わることを目的にCM会社へ転換。発注者目線、経営者目線でプロジェクトを推進することを理念に掲げる独立系CM会社であり、施設運営に踏み込んだマネジメントを強みとしている。また、京セラ創業者の稲盛和夫氏から20年超にわたり、フィロソフィーを学び人財育成に活かしている。2013年、マレーシアにPlus PM Consultant Sdn.Bhdを創業。アセアン諸国と、東ヨーロッパのプロジェクトを手掛ける。

株式会社プラスPM 代表取締役社長 木村 讓二

目先の利益より長期ビジョン。実現のための行動を

木村和田さんは2019年まで有限責任監査法人トーマツにご在籍し、ヘルスケア部門の立ち上げ当初から責任者を務め、様々なご実績を残されました。特に私の印象に残っているものだと、2013年に統合された兵庫県小野市の北播磨総合医療センターのプロジェクトがあります。三木市立三木市民病院と小野市立小野市民病院の2病院を統合したプロジェクトですが、当時は自治体病院の統合が珍しい時代でした。そのあたりのことも含めて、トーマツ時代にどんなことを手がけられたのかお聞かせいただけますか?

和田様 ※以下、敬称略
当時の医療コンサルティングといえば、医事の質を上げて診療報酬の請求漏れをいかに防ぐか、つまり目先の利益を上げるためのものが中心でした。一方我々が目指したのは、もっと先にある「この病院のあるべき姿はなにか」を考えて、そこから逆算し、その目標を達成するためのPDCAを回していくというものでした。

木村目先の利益だけでなく将来的な姿を思い描くというのは一般企業では当たり前ですが、病院にはあまりその発想がなかったのですね。

和田ちょうどその頃、国も同じような危機感を持っていました。3年から5年の目標を作って、それに向けて経営する公立病院改革プランを作らないと、多くの公立病院が立ち行かなくなるという危機感です。そして、総務省が声掛けをして公立病院改革懇談会が組成されて、私もメンバーの一人に呼ばれました。

民間病院はこれを見て焦ったのではないでしょうか。というのもそれまでの公立病院は「運営」をしているだけで「経営」をしていない、いわば「眠れる獅子」だったのです。ところが、公立病院の経営改革が起こるということで「民間も頑張らなきゃ!」となって公立病院だけでなく民間病院からもトーマツへ相談がきました。

トーマツは本来監査が主体の監査法人ですが、医療コンサルティングは会計財務の知識だけでなく医療に関する豊富な知識が必要です。そこで、様々な人材をスカウトして、ヘルスケア部門を充実していきました。

木村公立病院の経営について、当時はどのような考え方があったのでしょうか? 例えば、将来の高齢者人口予測から逆算して県単位で自治体病院の在り方を考えたとか、民間との統合再編を考えたとか。

和田そもそものところで、公的機関であるがゆえに当初は経営に対して若干アレルギー反応を持つ人たちが多くいました。「利益は自分たちに関係ない。運営していればいい」という考えです。そのいわばぬるま湯意識から脱却して黒字を出すために経営を考える必要がありました。

一方で、そもそも公務員に病院経営が出来るのかという根本的な疑問もありました。無理に公務員が直営するのではなく民間に経営を委託すればいいのではないかとか、公務員組織から切り離して独立した組織にすればいいのではないかとか、いろんな議論がなされました。地方独立行政法人がいいという議論が起きたり、指定管理制度について議論されたり、病院のありようが大きく変わった時代でした。

木村当時は「自分たちの職や身分はどうなるの?どうしたら黒字が出せるの?」と、公務員のみなさんは不安だったんじゃないですか?

和田おっしゃるとおりです。当初、組合対策が大変でした。大きな反対運動が起きたこともありますね。

しかし、直営の公立病院は安泰という話でもないわけです。直営を続けても町の財政が傾いたら元も子もありません。一部適用や全部適用、地方独立行政法人(以下独法)などの経営形態に関わらず、自分たちの経営レベルが上がればいいのではないか、と考える人たちも現れました。

独法や指定管理を選択したところは、特に採用面で効果が出ました。というのも、公立病院の経営が行政のままだと経営改善のために必要な人材を適時に採用することも難しいのです。公務員の定数削減の圧力から人を減らせという動きがありますので。しかし、これが独法や民間であれば必要な人材を即座に採用できます。それまでの公立病院は、患者を診る機関として運営されていました。しかし経営改善して病院サービスを向上させて利益を得るために、進んで独法化する病院もありました。

木村それまで経営に注力していなかった病院が独法化して収益を上げるために、どういう指導をしましたか?

和田まずは強い組織力が大事だと考えます。具体的には、院長、事務長、看護部長の3役がキーマンです。この3役が協力しあって経営に参加しているかどうかが、健全な病院経営の鍵と言っていいでしょう。

大抵の場合、病院のトップは医師です。経営を勉強したわけでもないですし、経営よりも全力で医療行為を頑張りたいと思っている人もいます。そういうときは周りの3役と相談するとか、別途相談役を立てるとかして健全な経営を目指せばいいと考えています。何でも抱え込まずに、周りと支え合いながら経営に取り組む必要があります。


また、現場がモチベーション高く働ける仕組みがあるかも重要です。独法なら頑張った人が評価される仕組みを自分たちの思い通りに作ることも出来ます。トーマツ時代は、やる気を出させる仕組み作りも指導しました。一般企業と同様ですね。

木村確かに、院長先生はすごく多忙です。突然「明日から経営の勉強をしろ」と言っても難しいですよね。

和田そうです。大きな病院ならそれなりにスタッフがいるから誰かに任せることも出来ます。では、小さい病院はどうしたらいいのか。人がいないので全部自分でやらなきゃいけない、でも決算書の読み方もわからない。それでは経営改善はなかなか進みません。

トーマツが入ることで赤字経営の原因を紐解いて、改善の手順を明確にして、対処法を提案できるようになりました。それに加えて「あなたは何を目指すか」という病院の中期ビジョンを考える指導も行いました。その際に、自分たちがやりたい医療と地域のニーズが合っているかをすり合わせることも大切です。医療圏のニーズと自分たちの資源を見比べて、何をどう伸ばしていくかを考える。これが出来ない場合努力の方向性を間違ってしまいます。

地域全体をひとつの総合病院として捉える

木村診療圏の話が出ましたが、民間の場合は強みや弱みが明確で、弱みを捨てることも出来ます。一方で自治体病院の場合、捨てるという選択肢はあるのでしょうか?

和田捨てるというよりも、「本当に自分たちだけで揃えなくてはいけないのか?」という議論ですね。たとえば、一病院では利益が出にくい診療科を地域の一箇所に集約して、地域の医療機関全体で総合病院的な役割を分担するという考え方もあります。「心臓の病気の患者さんはこっちの病院に渡すけど、消化器の患者さんはうちに紹介してね」という具合です。

地域医療連携推進法人は、まさにそのためにあります。
又尼崎市にあった2つの県立病院の統合では、地域に後方病院機能を備えた民間病院を誘致して、自分たちは大きな救急病院を作りました。地域全体で患者に必要な医療を分担する仕組みです。

木村地域全体で住民の健康を守るというのは素晴らしいです。とはいえ当事者としては、「家の近くに小児科があったのに、合併で遠くなります」と言われたら心配です。住民に対する調整はどのようにすればいいのでしょうか?

和田統合の結果、病院が遠くなったら大反対が起きるのは当然です。でも、両方の病院を残しておいたら共倒れです。そこで、2つの病院の真ん中に新しい病院を作るとか、片方を潰してもその跡地に診療所を作って一次診療を行うとか、住民へのサービス品質を下げない工夫が必要です。何度も住民説明会を行ったり、勉強会を開いたり、地域住民とのコミュニケーションを深めて理解し合う医療側の努力が重要です。

木村確かに、そのとおりですね。よくわかりました。
話を経営の話に戻します。先程キーワードとして、「三役がまとまって経営に対するベクトルを合わせて、職員のモチベーションを上げる」「自分たちの強みを活かしてチームで地域医療を見る」というお話を伺いました。それ以外に、経営を見直すポイントはあるのでしょうか?

和田病院の経営のための経費について述べます。例えば外注費です。一般的に民間病院よりも公立病院のほうが外注費の比率が高い傾向にあります。外注業者に委託をする方が効率は高いかもしれませんが、所詮外部の人間ですから病院より雇い主を見て仕事をすると思います。暇だからと言って委託範囲を超えて病院の為に仕事はしてくれません。

また、そもそもその仕事を本当に外注に出す必要があるのか見直すことも重要です。たとえば、電子カルテの保守費があります。導入1年目は慣れないために保守のコストは高くてもいいのですが、2年目、3年目も同じ金額だとしたら、本当にそれだけの維持費が長期に必要なのか見直すべきと思います。

外注に出すべき業務か内部の職員でできるかを全般的に見直すべきです。

人件費についても一言あります。病院の場合、人件費が5〜6割かかります。これを、いかに支払った分だけ働いてもらうかが重要です。昨今の働き方改革の流れは医療界にも起きていますので、限られた時間で効率よく医療の仕事に専念してもらうための環境作りが大切です。そのためには医療に直接関係しない業務を如何に省力化するかを検討しないといけません。

木村近い将来、病院のロボット化は進むのでしょうか?

和田内視鏡手術支援ロボット「ダヴィンチ」に代表されるような手術ロボットを全面的に導入するのはまだ先でしょうが、たとえば音声入力。業務日誌や電子カルテの音声での入力が一部では始まっています。また、事務処理を自動化するRPA(Robotic Process Automation)もあります。いかに事務処理を効率化するか、ペーパレスを進めるか、日々の業務にスマホを取り入れるか、そういったことがどんどん検討されています。5Gが進むことで遠隔診断・治療が進む可能性もありますし、AIにより画像診断の精度も上がるでしょう。

木村一般企業の工場は電子化やロボット化が進んでいます。病院については、これから進み始める印象です。

和田医療のITの利用はほかの産業に比べて遅れていることは鮮明になっています。アメリカだと、患者さんがスマートウォッチでバイタルを病院に飛ばしておき、異常があれば病院から連絡が来るなんてことも出来ます。

病院の診察カードなども問題です。病院ごとに作っていますので、その病院でしか使えません。これをマイナンバーで管理し始めたら、将来的には自分がかかっている病院のデータを取り込んで、過去の病歴やレントゲン写真などをデジタルで共有し、治療に役立てることも出来るのではないでしょうか。

地域連携室はクリニックのコンシェルジュ

木村病院が安定した収益をあげていくには、クリニックとの連携や急患の受け入れなど、地域連携の在り方が重要ではないかと思います。地域連携室が力を持っている病院は患者さんをどんどん受け入れて、地域からも信頼されている印象ですが、この点についてはいかがでしょうか?

和田地域連携室の活動については相対的に、民間は公立に比べしっかりやっている印象があります。地域連携には、前方連携と後方連携があります。前方連携は、地域のクリニックから患者さんを紹介してもらうこと、後方連携は、治療が終わった患者さんを地域に返すこと。公立病院ではこの前方連携がしっかり出来ていない病院が多いので、地域のクリニックと良好な関係を作るように指導しています。

一番言いたいのは、地域連携室は病院の中にあるクリニックとの接点だということです。ここにどういう人材を責任者として置き、どれだけ稼働しているかが重要です。地域連携室が「クリニックは患者を送ってきて当然、感謝するまでもない」と考えていたら紹介は減っていきます。また、患者さんの入院後に経過報告書などでクリニックに状況を伝えることも大切です。ある病院は、患者を紹介してくれたクリニックに対して感謝状を送っています。

また、地域連携室はある程度の権限を持っていないとうまくいきません。というのも、クリニックから患者受け入れの相談があっても、対応可能か確認するのに時間がかかったらクリニックは病院を頼りないと思うでしょう。これを解決するには、予め地域連携室が予約枠を持っておくことを勧めます。


また、一般的にはクリニックの方が病院よりも遅くまで開いているので、外来が閉まった後もクリニックが開いている時間くらいは地域連携室に誰かいるように指導しています。地域連携室はクリニックのコンシェルジュだという気持ちでいないと、公立病院の改革は進みません。

後方連携についても、しっかりケアできていない病院が多いです。例えば高齢者や怪我をした人が退院する場合、段差が多い家だと生活が難しいです。公立病院の中にも後方連携が進んでいるところは退院前に自宅の様子を見に行って、ケアマネージャーの手配や自宅のリフォームの提案などもしてくれるそうです。

木村素晴らしいですね。それだけのことをしてくれたら、口コミでどんどん人気になるでしょうね。

和田そのとおりです。病院が地域と仲良くなるのは、2つの方法しかありません。ひとつが、地域のクリニックと仲良くする。もうひとつが退院のときに手厚いサポートをする。

患者さんが入院に至るルートは3つのルートしかありません。クリニック経由の紹介もしくは外来か救急です。このうち紹介と救急ですべての入院患者の8割近くになります。

とはいえ救急を何でもかんでも受けるのも危険です。求められる処置を得意とする先生がいない場合もありえるからです。救急隊員とコミュニケーションを良くしていると住民も安心しますし、救急隊員も適切な病院に搬送しやすいというメリットがあります。

新病院建設は、経営改善の絶好の機会

木村最後に、コンストラクション・マネジメントについてお聞かせください。病院にとって新病院建設は大きな借入れが伴うだけに一大事です。我々も過剰な投資にならないように全力で支援をしています。新病院を建替える際、どのようなご助言をされているのかお聞かせください。

和田「新築効果」といって、最初はどんな病院になったのか気になって患者さんが来てくれます。でも、「看護師さんの態度が悪かった」とか「医者があまり説明してくれない」とか、変わったのは外観だけだったら新築効果は一瞬で終ってしまいます。ハードを変える場合に同時にソフトを一緒に変えて、より患者さん中心の医療に向かうことが大切です。ハードの改築、新築時はソフトを変える絶好の機会です。

たとえば、看護師さんは患者さんを担当制で見ています。担当が変わった途端にそれまでの看護師さんが患者に挨拶もしなくなったら患者さんは寂しい思いをします。「患者さんは病院全体で担当するものだ。みんなで患者さんのために働こう」と考え直して挨拶をすると、患者さんは喜びます。大切なのはファンづくりなんです。

このように、病院建設はスタッフの気持ちを切り替えるチャンスであり、経営改善のタイミングとも言えます。

木村財務的にはどう考えると良いのでしょうか?

和田借入金は何十億という額になりますし、減価償却費が相当かかってくるので、最初はほぼ赤字になります。また、医療機器も入れ替えますからそちらの減価償却費負担も発生します。ただし、医療機器のほうが耐用年数は短いので、償却費負担が早く終わります。問題は、償却費と赤字の関係です。償却費前の利益が赤字だと現金がどんどん減っている状態なので、なんとしても赤字を止めないといけません。これが黒字なら少しはお金が溜まっているということなので、現金を増やす方法を考えていけばいい。

新築の場合は当初の赤字があまりに大きいので、長い目線で考えるといいですね。医療機器も、耐用年数通りに入れ替えていてはいつまでも黒字にはなりません。耐用年数を超えて使えるように日々メンテナンスすることも大切です。

木村経営者にとっては新築病院を建てるのは一大事ですよね。最初は赤字必至ですし、建設後も定期的にメンテナンスをしないといけない。

和田利益を生むのは土地建物そのものではありません。大切なのは、やはり中にいるドクターや看護師の良し悪しなのです。いくら建物に投資しても、名医が他の病院に行ってしまったら患者さんもいなくなるということもあります。

木村まとめると、最初におっしゃったように病院の3役がしっかりした組織を作って、地域から必要とされる病院を目指す必要があるということなんですね。

和田そうですね。地域のニーズを見て、地域に求められる病院であり続けることが大切です。今まさに、飲食店もデリバリーモデルに移行していますが、「来てくれなかったらこちらから行く」くらいの姿勢で経営改革をしていく必要があると思います。これからは、よりサービス思考の強い病院が残っていくのではないでしょうか。

木村和田さん、ありがとうございます。健全な病院経営を持続させる方法について、具体的な考え方や手法が理解できました。


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