コンストラクション・マネジメント 株式会社プラスPM

#07豊かさの本質を見つめる

日常の積み重ねが、
やがて力となり、成果となる。

  • 大阪ガスネットワーク株式会社 事業基盤部
    地域活力創造チームマネジャー
    北京オリンピック4×100mリレー銀メダリスト
    朝原宣治
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  • 株式会社プラスPM
    代表取締役社長

    木村 讓二
朝原宣治×木村 讓二

2008年北京オリンピックの4×100mリレーで、日本チームは悲願の銀メダルを手にしました。そのアンカーとしてチームを勝利に導いたのが朝原 宣治さんです。100メートル競走では日本人として初めて10秒1台および10秒0台を記録し、日本記録を3回更新するなど、驚異的な記録を残し、当時の異名は「和製カール・ルイス」。現役引退後は、後進の育成に注力しています。日本発のトップアスリートは、どのように挑戦を続けて来たのか、そしてスポーツに限らず、海外でも活躍できる人材になるにはどうしたらいいのか。朝原さんにお伺いしました。

Profile

大阪ガスネットワーク株式会社
事業基盤部
地域活力創造チームマネジャー
朝原宣治

1972年生まれ。同志社大学大学院総合政策科学研究科修了。1995年大阪ガス株式会社へ入社。入社後はドイツへ陸上留学なども経験した。 オリンピックには4回、世界選手権には6回出場し、100mの日本記録を3度更新。2008年北京オリンピックでは悲願の銀メダルを獲得した。 現在は、大阪ガスネットワークが主催・運営する「NOBY T&F CLUB」の主任コーチとして次世代育成に力を注ぐなど、自身のキャリアを生かしてチャレンジを続けている。

大阪ガスネットワーク株式会社 事業基盤部 地域活力創造チームマネジャー 朝原宣治
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株式会社プラスPM
代表取締役社長
木村讓二

1986年 設計事務所としてプラスPM創業。1997年にプロジェクト全般に関わることを目的にCM会社へ転換。京セラ創業者の稲盛和夫氏から20年超にわたり、フィロソフィーを学び、発注者目線、経営者目線で仕事ができる社員を育てることをライフワークにしている。2013年、マレーシアにPlus PM Consultant Sdn.Bhdを創業。仕事の合間に、国内外へ旅に出かけ、自然の中で過ごすことを楽しみにしている。

株式会社プラスPM 代表取締役社長 木村 讓二

日々の積み重ねの先に見えてきた、オリンピックへの道

木村朝原さんといえば、北京オリンピックのリレーはもちろん、陸上競技でオリンピックに4回出場するなど、日本を代表する短距離走者です。しかし、中学・高校では別の競技に取り組まれていたとか。どういった経緯で、陸上競技、なかでも短距離走者になったのでしょうか。

朝原宣治様 ※以下、朝原
子どもの頃からオリンピックを目指していたと言う人もいますが、私の場合はそうではありませんでした。初めて取り組んだ競技スポーツは、中学時代のハンドボールです。最初は、特段の目標はありませんでした。しかし、先輩たちが県大会に出場している様子を見たりして、徐々に自分たちのレベルを理解していくうちに上を目指すようになりました。最終的には全国大会にも出場しましたが、高校からはガラッと競技を変えて陸上競技に取り組むようになりました。

木村顧問からのスカウトなど、どなたかが才能を見出して競技を変えたのでしょうか。

朝原顧問からの誘いもありましたが、一番大きかったのは仲の良いクラスメイトが陸上部に誘ってくれたことでした。当時は短距離走ではなく、走り幅跳びに取り組みました。それまでのハンドボールと違って、陸上競技は個人種目です。自分がどのレベルで何を目指すのか、やりながら考えていきました。
私が生まれ育った兵庫県は陸上競技に力を入れていて、高校の枠を越えた合同の練習会があったんです。ライバル校の生徒であってもみんなで育成する雰囲気があって、高校の顧問から指導を受けるだけでなく、他の指導者のところに行って情報を集めたり、アドバイスを貰ったりしていました。

1年の終わりから急に記録が伸び始めて、2年生のときには先輩たちを抜いていました。3年生の時に「インターハイ優勝」という目標ができて、実際に優勝することができました。

木村その頃からオリンピックを目指していたのですか。

朝原いえ、インターハイで優勝したからといって、日本選手権に出られるわけではありません。日本代表には、まだまだ距離がありました。
高校卒業後、陸上の強豪校からの誘いを断って、私は同志社大学に進学します。陸上競技も大切ですが、就職に有利な進路選びも大切だと考えたのです。陸上競技はプロがあるスポーツでもありませんし、ちゃんと就職できるように、勉強も、キャンパスライフも楽しもうと思って進学しました。今振り返っても、自分らしい選択をしたと思います。
そうやって自分らしく陸上競技に取り組むなかで、大学3年生のときに当時の日本記録をマークして優勝しました。そこで初めて「本気で陸上の世界に行こう」と決心しました。

丹念な準備は自信につながり、自信は実力につながる

木村そこからのご活躍は、世の中の知るとおりです。オリンピックに4度も出場し、最後は400メートルリレーで銀メダルを取るというのは驚異的な記録ですが、長く世界で活躍し続けるための秘訣などはあるのでしょうか。

朝原私は性格的に、間を飛ばして目標を持つことができないのです。目の前の課題に一生懸命取り組んで、そのレベルに達すると、それが当たり前の状態になりますよね。そしてまた次の課題に進む。色々な経験を積みながら、一歩一歩やっていく。積み重ねて、段階を踏んでいく感じです。特殊なトレーニングで強化したわけではないですね。

木村壁にぶつかることもあったかと思います。どのようにしてモチベーションを維持したのでしょうか。


朝原スランプや怪我は日常茶飯事でした。たとえば走り幅跳びでいうと、当時は8mが一つの世界の壁だったのですが、私もこれがなかなか飛べませんでした。壁にぶつかったときは、練習を見直したり、助走と踏切のタイミングを調整したり、悩むよりも課題を見つけて潰していく感じですね。今は何でもデータがありますが、当時はそういう時代ではありませんでした。そのため、陸上の雑誌に載っている当時の第一人者のコマ送りの写真を見て研究したりもしました。
性格的に、隣に名コーチがいて指導を受けるよりも、自分で試行錯誤するのが好きなんです。自分で仮説を立てて、実行して、成果が出なかったら変えてみる。その繰り返しです。悩んでいてもしょうがない。

木村メディアや書籍などで、準備の大切さをお話しているのをお見かけしたことがあります。今のお話にも通じると思いますが、改めて朝原さんが考える「準備の重要性」についてお聞かせください。

朝原何が周到な準備かなんて、準備の段階じゃわからないじゃないですか。一生懸命やっていても成果が出ないこともあります。
ただ一つ言えるのは、準備は精神的なものに紐付いているということです。スポーツの世界に限った話ではないと思いますが、自信を持って本番を迎えられることが一番大切です。なので、いかに最善と思える準備をするか、しっかりした計画性を持って取り組むことが大切だと思います。人間は日々変化するので、体調も毎日変わります。メモを取ったりしながら、その日のベストな自分を翌日に引き継げるようにします。
もちろん、そんなことをしなくても成果を出せる人もいます。たとえば、本番の迎え方も人によって異なります。私は練習で自分を追い込んだあと、本番までに小さなレースを小刻みに入れてコンディションを維持しますが、一発で本番に臨める選手もいます。要は、人によって最適な準備があり、それをしっかり行うことが重要かなと思います。

同じ景色を見て、同じことを感じて、チームになっていく

木村陸上競技は個人種目ですが、リレーとなると団体種目の側面もあり、チームワークも大切になるかと思います。プラスPMでもチームワークを重要視していて、様々な経験を積んだプロフェッショナルたちがチームを組んでお客様の課題解決に尽力しています。チームワークを強化するために、当社ではミッションやフィロソフィーを意識的に共有していますが、日本代表のリレーチームはどのような取り組みをされているのでしょうか。

朝原私もチームワークの強化には、同じ景色を見るしかないと考えています。
私は日本代表でいる期間が長かったので、いろんな選手を見てきました。入れ替わりが早いと、なかなかビジョンを共有して同じ場所に行くのは難しい。 北京オリンピックのチームについて言うと、心身ともにレベルの高い選手が徐々に揃っていきました。一緒にトレーニングする時間を積み重ねて、若い選手でもベテランと同じ目線で戦えるようになっていき、安心してバトンを渡せるようになりました。そのため、本番直前の緊張が最高潮になる場面でも、4人でいると力が湧くくらいの信頼感がありました。同じ方向を向いて力を出し合えると、成果が出ますよね。

木村トップアスリートともなると、自分自身のやり方があると思いますが、チーム間でのすり合わせなどはどのようにするのでしょうか。

朝原私たちの頃は、日本代表の合宿などで集まることができました。それぞれ個人の練習プランもありますが、日本代表合宿も大切にするスタンスの人が多く、一緒に練習することで、それぞれの思いが一致してきたり、相手の理解が進んだりしました。
ただ、今は少し事情が異なります。選手全体のレベルが上がってきて、日本代表になること自体のハードルが高くなっています。誰もが代表漏れの可能性もあるので、個を優先せざるを得ません。それでも、日本代表の監督がうまく調整して、世界各地を遠征しているメンバーが集まれる時間を作ったり、短い時間でバトンの練習をしたりしています。


他の競技だと、日本代表になったら所属の監督ではなくオリンピックの代表監督に選手を預けるのが当たり前の場合もあります。しかし、陸上競技の場合は、オリンピック中であっても所属の監督が指導を担当しますし、しかも個人競技です。なので、選手だけでなく指導者の理解や調整も重要です。

木村2008年に現役を引退されて、現在は指導者として次世代の育成に尽力されています。2010年4月からは、スポーツを通して「青少年の健全な成長」と「次世代を担うトップアスリートの育成」などを目的に、地域に根差した運動・陸上クラブ「NOBY T&F CLUB」の主任コーチをされています。具体的に、どのような活動をされているのでしょうか。

朝原引退後に会社の取り組みとして、次世代を担う選手の育成と、老若男女を問わず地域のみなさんが健康に過ごせる環境が作れたら、企業としてより社会に貢献できるということでスタートしました。当初はコーチ2名体制で私も毎日のように現場に行っていましたが、徐々に生徒数も増え、現在は8名のコーチで運営しています。提供できるコースも増えてきました。
クラブ名の「NOBY」は「New Opportunity Before You」、つまり、「夢に向かって挑戦しようとする人に新たな機会を提供しよう」という意味があり、同時に、"伸び伸びと"、"伸びしろのある"人になって欲しいという思いが込められています。

相手を疎かにしたら自分に返ってくる。大切なのは、人と人

木村朝原さんは、世界各地で開催される大会で活躍されるだけでなく、ドイツとアメリカにも留学されています。海外でも活躍できる人材とは、どういった人材だと思われますか?

朝原そもそも、覚悟がいりますよね。環境が変わっても乗り越える強い意志がないといけません。一方で、合う合わないもあると思います。自分も、最初ドイツに留学したときは「成功しなければいけないが、もし自分に合わなかったら帰ってきてもいい」という気持ちで臨みました。
ただ、才能があって、伸びしろがあるなら、ぜひ海外に挑戦してほしいです。今ある環境で活躍していても、そこにある景色しか見えません。でも、海外に出たら全く違う景色が見えて、これまでの常識が通用しなくなります。自分が持っている常識を、世界でも渡り合えるものに変えていけたら、もっと強くなります。

たとえば、サニブラウン選手と話をしていると、考え方が全く違います。私の頃は、まず日本記録を出して、と考えていましたが、彼は最初から世界でメダルを取りに行くことを考えています。他の競技もそうですよね。今や、サッカーワールドカップの日本代表選手も半分以上は海外組です。英語によるインタビューにも動じませんし、目標も高い。
海外に挑戦する際に大切なことは、天狗にならないことです。たとえ日本でちやほやされていても、海外に出たらただの人。変なプライドがあっては周囲と馴染めません。コミュニケーションがうまくいかないと、自分に跳ね返ってきます。何をするにも、結局最後は人と人。周囲と仲良くやって、キーパーソンとつながっていくうちに、物事が動いていきます。


木村そこは、非常によくわかります。当社も10年前にマレーシアに進出しましたが、最初はなかなか成果を出せませんでした。そのときに、私自身が現地のスタッフのことを理解していないと気づいたのです。つまり、日本発の会社だから、全部日本人で仕切ろうとしていたのです。当然、それでは彼らの良さは発揮できません。そこから経営スタイルを見直して、多様性を受け入れるようにしてきました。
おかげさまで、先日マレーシアに出張した際に、社内の懇親会の席で現地の社員から「木村さんは、フラットだね、この会社に転職して良かったと思う」と言ってもらえました。最後は人と人、ハートですね。
人といえば、朝原さんは「100メートルは人間力」という名言を述べられています。この「人間力」とは、具体的にどういう意味でしょうか?

朝原中盤でお話した準備の話にも通じますが、普段から自分がどういう状態か、どういう志を持っているか、それが土台となって競技に通じていると感じます。陸上競技の場合は、特にそれが顕著に出ます。体調や準備だけでなく、周囲のサポートや、それに対する普段の振る舞いも重要です。自分の実力だけである程度のところまでは行けても、それ以上は難しい。嫌われると、誰も応援してくれません。競技の瞬間は一人でも、みんなの応援があるかどうかで成果は全く異なります。実際にトップアスリートは人間力があって好かれている人が多い印象です。たとえ一時的に天狗になったとしても、挫折して、自分を見直して、人間力が上がって、また活躍していきます。

ありふれた日常こそが、豊かさそのもの

木村ありがとうございます。それでは、最後にお伺いします。
この連載のタイトルは「豊かさの本質を見つめる」ですが、朝原さんにとって「豊かさ」とはどういったもの、どういった状態でしょうか。

朝原たとえば最近は災害も多いですし、戦争まで起きてしまいました。そうしたなかで、「普段どおりの生活」のありがたみを感じることが多いです。有事の際には、「普段の暮らしに戻りたい」って言うじゃないですか。そこが豊かさの本質なんじゃないでしょうか。
私は物欲も人並みにしかないですし、健康的で、仲間がいて、家族がいて、ある程度の目標や好奇心を持ちながら過ごせるのは、なんて幸せなことだろうと思います。

木村非常に共感します。私も若い頃は、あれがほしいこれがほしいという欲がありました。最近は、健康に日常を過ごせることが幸せと感じます。
また、自分自身のことよりも、周囲の幸せや成長を見ると嬉しくなります。社員が生き生きと働いているとか、成長を感じたとか。
あとは、私の年齢だと、周囲には定年を迎えている人もたくさんいますが、まだ自分にはやらなければいけないことがある。これも幸せだと思います。若い頃は会社に行くのが面倒に感じることもありましたが、今でもやるべきことが沢山あって早朝から会社へ行くとか、土曜日に書斎にこもるとか、これもまた幸せですね。


朝原確かに、定義は年齢とともにも変わると思います。
私自身がこれから先、何をするかわかりませんが、常に好奇心を持って、人に興味を持って、色んなことに触れながら、日常を幸せだと感じて生きていく。これが豊かさなのではないでしょうか。

木村ありがとうございます。朝原さんは、生まれながらに持っていた才能もさることながら、一気に上を目指すのではなく、常に足元を大切に整えて、冷静に分析を積み重ねて活躍されたこと。そして、誠実なお人柄からみんなに応援されて、それがパワーになっていることがよくわかりました。本日は、貴重なお話をありがとうございました。


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