#09豊かさの本質を見つめる
2023年、セ・リーグ首位の阪神タイガースは、日本シリーズでオリックスを下し、38年ぶりの日本一に輝きました。その前年まで阪神タイガースを率いていたのが、4年間監督を勤められた矢野燿大さんです。プロ野球選手時代に、中日ドラゴンズを経て1997年に阪神タイガースへ移籍。ベストナインやゴールデン・グラブ賞を何度も獲得するなど、球界を代表する捕手として名を馳せ、引退後は2015年から2022年までコーチ・監督として阪神を率いてきました。そんな矢野さんの母校である大阪府立桜宮高等学校に訪問させていただき、強いチームを作り上げるリーダーの心得と、若手の育成について伺いました。
1990年 ドラフト2位で中日ドラゴンズ入団。その後、阪神タイガースに移籍し正捕手として活躍。引退後は、阪神のコーチ、二軍監督を経て、2019年から22年まで一軍監督を務め、理想と夢を語るという信念を持ち続けチームを牽引した。2010年からは電動車椅子の支援など社会貢献にも取り組んでいる。また、アスリートの社会貢献支援をする団体「NPO法人THANKYOU FUND」を設立し、代表理事としても活動している。
1986年 設計事務所としてプラスPM創業。1997年にプロジェクト全般に関わることを目的にCM会社へ転換。京セラ創業者の稲盛和夫氏から20年超にわたり、フィロソフィーを学び、発注者目線、経営者目線で仕事ができる社員を育てることをライフワークにしている。2013年、マレーシアにPlus PM Consultant Sdn.Bhdを創業。仕事の合間に、国内外へ旅に出かけ、自然の中で過ごすことを楽しみにしている。
木村まずは、阪神タイガースの日本一、おめでとうございます! 関西出身者として、私も非常に嬉しいです。矢野さんは前監督として2022年まで阪神を率いていました。就任当時、どのようなチームを目指そうと思いましたか?
矢野燿大様 ※以下、矢野
当時、阪神の主力はベテランのメンバー中心で、チームとしてのバランスは決して良いとは言えませんでした。FAで入ってきたベテランもいいけれど、生え抜きの選手が育つことをファンも求めていますし、その方がチームとしてもバランスが良くなります。若手の育成こそ自分の使命だと思って取り組みました。
木村2軍監督に就任した頃、矢野さんは選手に対して「超積極的」という方針を示していたかと思います。具体的にはどのような意味が込められていたのでしょうか。
矢野選手の可能性を広げるには、「どれだけ失敗から学べるか」が重要です。私たちが若い頃は、失敗したら「何してんねん!」と怒鳴られて、次は失敗しないように頑張る時代でした。しかし、私はそれに疑問を感じていました。選手を縮こまらせているだけではないかと思ったのです。
なので、選手を開放することが私の仕事だと考えて、「失敗を恐れてチャレンジしないことが一番良くないことだ」というムードを作ろうと思いました。そこで考えたのが、「超積極的」というメッセージです。
木村なるほど、あの言葉にはそういう意味があったのですね。
矢野失敗を恐れなくなったら、選手たちはどう変わったか。準備力が明らかに上がっていったんです。怒られるのが嫌だから初球は見逃していたバッターでも、最初からチャンスを広げようとして初球を見逃さなくなりました。大谷翔平選手でもダルビッシュ有選手でも、打たれる確率が高いのは初球です。だから選手は、二軍にいる頃から初球を打ちにいかなくてはなりません。初球を打とうとすると、自然と準備力が上がります。対戦ピッチャーについて深く調べるし、バッティング練習も初球から合わせずに打ちにいく。
失敗した選手を咎めるのは簡単なことです。感情に任せて怒鳴ればいい。でも、それによって信頼を失うのは一瞬です。たとえ大きな失敗をしても、常に相手の話を聞いて、「じゃあ、あのときどうやったらヒットにできたと思う?」と問いかけるようにする。そうすると、選手は選手なりの答えを出すようになります。自分のアドバイスは最後の一言だけにする。一番ダメなのは、「はい、はい、はい」で終わること。選手自身が考えて実行できるように促すことが、「超積極的」というメッセージの目的です。
一方で、早いうちから自分に合った進路を目指すことには、難しい側面もあります。10歳の子どもは親の影響を受けやすいので、本人の意思が尊重されない進路選択をしてしまうケースも多くあります。それもあって、最近は10歳できっぱり進路を選択するのではなく、日本でいうところの5年生、6年生の間は選択した進路が自分に合っているか様子を見て、結果的に別の進路を選ぶこともあります。いわば、進路を選ぶ過渡期ですね。その期間に、教員は子どもたちにどんな才能があるかを見つけて指導します。
木村いい話ですね。超積極的に思う存分やれと言うことで、選手は準備をするし、自ら考えるようになるわけですね。その結果、2018年に、阪神2軍は12年ぶり5度目のファーム日本一になりました。
矢野そうです。この年、盗塁記録もウエスタンリーグのシーズン最多盗塁を記録しました。その代わり、盗塁失敗もぶっちぎりで日本一です。でも私は、逆にその「失敗日本一」というのが嬉しくて。チャレンジしたら失敗が多くて当然なんです。選手の背中を押せていたということの証拠だと思っています。
木村今年の阪神優勝は、若手が矢野さんの指導の甲斐あって成長し、自分の役割を果たした結果かと思います。若い選手たちへの指導について、具体的にお話しいただけますでしょうか?
矢野一人ひとりの性格や考え方を意識しながら、指導方法や伝え方を変えていました。本人が腹落ちして「そのとおりだ」と思えることが大切だからです。
たとえば佐藤 輝明選手に対しては、具体的な改善点よりも「さっきのプレーはカッコよかったか? お前は子どもたちのヒーローになれたか?」と問いかけるようにしていました。というのも、ただ「走れよ!」では、やる気にならないのではないかと考えて、「かっこいいかどうか」を基準に話をするようにしました。
2021年、22年と2年連続最多勝を取った青柳晃洋は、とにかく素直な性格の選手です。アドバイスをすると「そうなんですか! じゃあやってみます!」と応じる真っすぐなチャレンジ精神を持っています。大谷のようなヒーローもいいですけど、うまくいっていなくても地道にチャレンジし続けて結果を出すという意味では、彼こそ子どもたちの目標になって欲しい、夢のある選手です。
中野拓夢は、サインを見逃したり、盗塁を失敗したり、当時は失敗の多い選手でした。それが今や盗塁王です。「超積極的」で失敗を恐れないマインドを身に着けた成果だと思います。エラーは咎めることではなく、エラーは伸びしろです。挑戦し続ければ、いつかゴールデン・グラブ賞が取れるかもしれません。
(※2023年11月10日に発表された「第52回 三井ゴールデン・グラブ賞」でセ・リーグの二塁手部門を受賞しました。)
木村素直でコツコツやっている人ほど、のちに成果が出るのはビジネスも一緒ですね。すごい才能やスキルを持った社員もいますが、それは限られた人たちです。コツコツやっていれば、いつか必ず成長します。
木村いくら個々人が優秀でも、チームワークがなければ、野球で最高の試合をすることはできないし、企業が最高のサービスを提供することもできません。ですので、プラスPMではチームワークを重要視しています。矢野さんは、どんなチームが「良いチーム・最高のチーム」だと思われますか?
矢野チームワークが良いというと、仲が良いチームを想像する方も多いと思いますが、野球の場合は少し事情が違います。誰かにポジションを取られたら、自分は試合に出られなくなってしまうのです。「負けるもんか!」という思いがないと活躍はできません。ただ、いくら頑張っても、試合に出られる人と出られない人が必ず出てきます。そんなときに、「本当は自分が出たかった!」という思いを噛み殺して本気になってベンチからライバルを応援できる人は素晴らしいし、チームに絶対に必要な人材です。
物事がうまくいっているときは全力疾走すればいいだけですが、うまくいかないときにどのように振る舞うべきか。仲間を本気で応援できるし、ときには叱咤もできる。良いときも、悪いときも、進むべき方向性、つまり私たちで言えばスローガン、会社で言えば理念が共通認識として浸透しているチームは、最高のチーム、強い組織なのではないかと思います。
木村それを意識して、チームを作って来られたのですね。
矢野あと、「今が良ければいい」というのは違うと思っていて、今も勝つのは大事だけど、たとえ野球を辞めたあとでも、「あの時はよかったな」と思い返せるようにするのが大事だと思うのです。
プロ野球選手の選手生命は平均7年くらいです。選手としての人生を終えたあとでも、野球人生で得た心の部分を活かしていってほしい。たとえば、私がよく言うのは「ピンチはチャンスって言った瞬間にチャンスになる」ということです。「ピンチのときこそ結果を出せるチャンスなんだよな」とか、「クビになったけど、もう一度自分のやりたいことを見つけるチャンスだな」とか、野球選手なので勝つことを追求するのは当然として、それ以外の心の部分を伝えていくことが、選手にとっても、ファンのみなさんにとっても、大切なことなのではないかと思います。
木村今のお話で、「もしドラ(※1)」というかつて大ヒットした本の中に「野球を通じてファンに感動を与える。それをチームの共有のビジョンにしたい」という一節があったことを思い出しました。
矢野そうですね。そういうビジョンがあったらブレないチームになっていくと思います。結果を出すことだけを目指すなら、打ったらよし、勝ったらよし、です。でも、勝っても諦めていたら意味がないし、負けてもチャレンジしていたらまた次のチャンスに繋がる。選手たちには、野球選手としての平均寿命のあとも、自分も輝いて、周りも喜ばせられる人生を送って欲しいですね。
木村しかし、平均寿命7年というのには驚きました。企業はこれまでにない人材不足に陥っていて、どこも若手の育成や採用活動に躍起になっています。平均寿命の短いプロ野球の業界でも、人材不足や人材の課題などはあるのでしょうか。海外で活躍する選手も増えて、むしろ豊富な人材が育っている印象もあります。
矢野野球人口は急速に減少しています。結果、ずば抜けている上の層は伸びているけど、全体的な質は下がっていると思います。社長や私たちの頃は、スポーツと言えば野球という時代でした。しかし、今は選択肢がたくさんあります。
私の夢は、野球そのものの魅力を伝えることと、野球を通じて子どもたちの心が育つということを伝えていくことです。「エースで4番はもちろんすごいけれど、それだけがすごいわけじゃない。諦めないで練習したり、本気で取り組むことはすごいことなんだよ」と野球を通じて子どもたちの心を育てていきたいです。野球をやっていてよかったって、子どもも親も思えるように、その手助けをしていけたらなと思います。
木村いや、本当に素晴らしいですね。
最後に、この連載のタイトルは「豊かさの本質を見つめる」というものなのですが、矢野さんにとって「チームが豊かな状態」というのはどういった状態でしょうか。
矢野これまでの話と重なりますが、「みんな諦めずに挑戦しているチーム」というのが、心豊かなチームだと思います。それに加えて、「自分たちは何のためにやっているのか」を共有できている状態というのが豊かな状態なのではないでしょうか。もちろん、最初は自分自身の「活躍したい」「稼ぎたい」といった思いから始まるのですが、家族のためとか、ファンのためとか、様々な思いを共有し合えているチームは豊かだと思います。もちろんプロなので、結果を出さなければいけないのですが。
木村私も人材を育成するのが仕事なのですが、今のお話を聞いていて確信したのは、我々リーダーにできることは「チャンスを与えること」ですね。どの社員にも可能性があるわけで、チャンスを与えて成長を繰り返してもらい、1年前にはできなかったことができるようになってもらう。もちろん足りないところもあるけれど、それはチームでサポートしていく。それが豊かなチームですね。
矢野いいですね。
私は、自分の可能性を信じ、相手の可能性を信じ切る、というのをポリシーにしています。やる気がないからダメ、ではなくて、その気にさせるのがリーダーの仕事。そのためには、相手の可能性を信じ切ることが大切です。そうやって相手に向き合ったときに、初めて相手もこちらを信頼してくれます。
木村本当に素晴らしいお話を聞くことができました。心が洗われた気がします。矢野さん、この度は本当にありがとうございました。
※1「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海:著、ダイヤモンド社)
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